「あ、颯希くん」
重く張り詰めた空気を切り裂く、ゆったりとした音色。
ふんわりとしたワンピースに身を収めた妃里さんが、扉を出たすぐのところに立っていた。
「ご無沙汰してます、妃里さん」
「こんにちは」
「颯希くん、本当に久しぶりね。雨音ちゃんこの間ぶり。立ち話もなんだし、お店に入って」
妃里さんは、頭を下げる安東くんとそれに合わせてぺこりと会釈する私を、まとめてお店へ誘導する。
お店の前で居座っては、妃里さんにもお客さんにも迷惑がかかってしまう。
それに安東くんの目的はお店に来ることなので、ありがたくお邪魔させてもらうことにした。
安東くんの後を続くと、暗い雨空とは対照的な眩い光に包まれた店内に目が眩む。
「え?」
ショーケースに並べられた宝石みたいなケーキ。
花瓶に挿してある、可愛らしい鈴蘭。
星が散りばめられたみたいな、天井の照明。
綺麗。
文句なしの、美しい店内。
なんだけれど…。
「誰も、いない…?」
そう、店内に人の姿が見えない。
人っ子一人見当たらない。
