頬を膨らませる安東くんにくすくすと笑っていると、お店の看板が見えてきた。
優しいふんわりとした色使いと、清潔感のある外装にイメージ通りだ、と心が浮遊する。
でも視線を安東くんに向けると、彼はすっと表情を消してお店を見ていた。
さっきまでの表情が嘘みたいに感じられて、寒気がする。
そういえば彼は、どんな思いを、覚悟を持って私に声をかけたんだろうか…。
「天の川」
「え?」
唐突に唇に乗せられた言葉は、私の脳の動きを停止させた。
「お店の名前“天の川”って言うんだけど、知ってた?」
安東くんの人差し指を目で追うと、確かに看板には淡い夜色で文字が刻まれていた。
天の川って、あの天の川?
「へえ…知らなかった」
「天の川ってさ、俺たち見る側にとっては綺麗で幻想的な感じだけど、織姫と彦星にとっては邪魔で仕方がないものなんだよな」
安東くんの表情は変わらず真剣なもので、声音も厳しさを含んでいた。
何故か、ずっと前の天沢の言葉が脳裏を過ぎる。
──…僕は、この顔だけには…僕にだけは、なりたくなかった…っ!
街中にいるだけで視線を集めるほどに整った容姿をしている彼が、放ったものだとは思えない酷く自虐的な言葉。
「…皆にとっての幸せや宝物が、誰かの苦しみや痛みかもしれない」
天沢が、優しくて誰もが羨望の眼差しを送る自分を嫌うように。
彼にとっての幸せに、あの容姿は不必要。
いや、むしろ邪魔だったのか。
それは天沢にしかわからないけれど。
でも、それはすごく寂しいことだと思う。
トクベツを苦しまなきゃいけないなんて。
誰もが欲するものを持っていた彼が、それをいらないと思わなければならないなんて。
しかし、それは決して彼のせいではない。
美しい容姿に魅了されて近づいた人たちが、天沢の大切な人に嫉妬し、羨望し、妬み、結果傷つける。
それが、彼にとってどれだけ辛いことか。
自分のことを好きになってくれた人たち同士で、争う。
優しい彼なら尚更、痛みは強いだろう。
でも、やっぱりどんなに痛いと、苦しいとわかっていても…
あれほど美しさに満ちた容姿を、いらないと思ってしまうのは悲しい。
悲しくて、仕方がない。
