ぽつぽつと傘に舞い降りる雨の音。
しばらく言葉なしに歩いていると、見慣れない景色が広がる。
「そっか…私、表からお店、見たことない」
「え?」
「人に見つからないように、裏口から入ってたから」
お店の名前さえ知らない、というとんでもない事実に今更気がついた。
何もかもが新鮮さに満ちた道端を、きょろきょろと見渡して歩みを進める。
「え、まじ?ていうか、裏口って…密会してたわけ?千晴、そんなに口が達者な方だったっけ」
「ううん、そんなに喋る方じゃないけど。別に沈黙でも苦じゃなかったから」
天沢と見る景色なら、大嫌いな雨でさえ輝いて見える。
彼が隣にいるだけで、幸せな気持ちになる。
いつからだろう。
こんな風に思うようになったのは。
今では隣に天沢がいなくても、彼がいつも歩いていた道だと思うだけで、雑草と呼ばれる類の小さな花さえ愛しい。
草の上には露が煌めき、傘から滴る水には信号機の光が反射する。
雨も、悪くないな。
なんて、思えてしまう。
