「見られたら困るだろうし、俺あっちの方に座るな」

待ち合わせして早々に別れる、というのは至って新鮮だった。



軽く頷いて電車の椅子に腰掛けるものの、落ち着かない。

色々聞きたいことがありすぎて、頭がパンクしてしまいそうな気がした。

ひとまず深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてみる。

今のうちに質問を整理しておこうかとも思ったけれど、頭が真っ白になって結局全て忘れてしまいそうなのでやめた。




いつもなら本を読んだりスマホを見たりしているのだが、今日はそんな気分にもなれない。

暇を持て余して車内を見渡すと、安東くんは後ろの方で手摺に体を預けていた。

視線は真っ直ぐと車窓の向こうの空へと向けられていて、何か考え事をしているように見える。

車内の殆どの人間がスマホに目を向けている中、一人黄昏ている安東くんは明らかに空気が違った。

「あの人イケメンじゃない?しかもめっちゃ頭良いとこの制服じゃん」

「写メってもいいかなー、カッコいい!」

きゃっきゃっと女子が騒ぐのも、なんとなくわかる。

当の本人は慣れているのか、耳に入っていないのか、体勢を一切変えることなく静かに空を見つめているだけなのだが。




天沢なら、どうするだろうか。


そういえば、初めて会った時…屋上から飛び降りようとしていた私を救ってくれた時、彼と電車に乗って帰ったはずだ。

心配だから送る、とか言うわけでもなく、濡れた身体を拭くためにタオルを貸してくれたっけ。

そして、ずっと側にいてくれた。

濡れていたから席に座るわけにもいかなくて四十分間も立っていたのに、まるで一瞬だった。

天沢が慈悲深い瞳で、優しく私を見守ってくれていたから。


彼はあの後、一人でまた四十分間も電車に揺られて帰ったはずだ。

それなのに…お礼の一つも言ってない。

「ごめんね」も「ありがとう」も全然言えてない。



天沢のことになると、後悔ばかりだ。

きっと、これからも。

上手くいかないことだかけで、何度も何度も悩むと思う。

でも、今回だけは…絶対に後悔一つ残したくない。

残しちゃ、いけない。