神様。

いつか、私がその名前を出したとき、彼は珍しくなかなか返事をしてくれなかった。

その理由が、今やっとわかった。


彼が苦しめられたから?

ううん、違う。

彼は、自分の苦しみなんて見えていない。


彼の大切な人を、守ってくれないから。

人思いな彼だからこそ、信じられないんだ。



そんな彼が非現実的なものに縋って助けられた私は、どんなに幸せなんだろう。


「君が笑う回数が増えるたびに、僕の心の中にあった塊が少しずつ溶けていく。温かい優しさで心が満ちていくんだ。

少しずつ、前に進める。

ありがとう。君に出会えて、本当によかった」

天沢は強い。

弱くて、脆くて、儚いけれど。

こうやって辛さに、苦しみに、痛みに耐え抜いてきた彼は、本当にすごい。

小柄で、男らしさなんてあんまり感じないけれど。

どんな人よりも、君は強いよ。



身長と態度だけ無駄にでかい私だけれど、そばに居たい。



「天沢、触れても良い…?」



天沢は突然のことに、長い睫毛を何度もパチリと鳴らした。

私は恥ずかしさを感じる余裕なんて微塵もなく、ひたすら彼を見つめる。

暗い夜色を映しているはずの瞳は、何故か綺麗な淡い色をしていた。

彼の優しさに良く似た、柔らかくて温厚な色合い。


「お願い、天沢」


天沢の心に触れたい。

私の全てを天沢にあげてもいいから。


君がくれたように、私も。

天沢の心を希望や安心に染めたい。



「…うん、いいよ」


優しい笑みに緊張の色を微かに滲ませて、彼は静かに頷く。


その瞬間、私は彼の背中に手を回して抱きついた。

「水瀬、さん?」

思ったよりもずっと華奢な背中。

ふんわりと甘い、鈴蘭のような香り。

頬に触れる柔らかくて細い、絹のような髪。

耳元で奏でられる、精妙な声。


励ましの言葉も、何も言えないから。

せめて、温もりを分けてあげたい。

冷え切ってもまだ尚、周囲を助けようと光り続ける彼に。

どうか、この温もりと一緒に届いて欲しい。

私の想いも、全部。




天沢。