「…君が生きていてくれるのなら、嫌われても恨まれても憎まれてもいいよ、みたいな話したよね」
ドアの外から響く滑らかな声に、私は息を呑んだ。
一字一句聞き逃さないように、呼吸さえ忘れて彼の言葉に耳を澄ます。
「でも、僕のせいで君が君を憎むのは嫌なんだ。君を、これ以上悲しみの海に沈めたくなんかない」
きっと彼は長い睫毛を切なげに震わせ、今にも涙が溢れそうな顔をしているのだろう。
自分に散々罵声を浴びさせた、一人の人間を思って。
ああ、彼はなんて優しいんだろう──
彼はこんな醜い私にさえ、躊躇なく全てを与えてくれるのか。
「…天沢に、会えたから。私はもう、海に沈んでなんかないよ」
大丈夫、私は大丈夫だから。
天沢に、笑って欲しいよ。
君がくれた優しさを、忘れることなんて出来ないから。
「私はちゃんと、自分の足で陸に立ってる。
もしもこの先、苦しみに溺れてしまったって。天沢がくれた優しさを、空にある太陽の光を目指して、私は空へ手を伸ばすよ。
だから…お願いだから、会いたい。こんなこと言えない、言ったらいけないけど。でも、会いたい、会いたいの」
空と街の境界線は、淡い七色に染まっている。
こんな風に天沢とも混ざり合えたら良いのに、と現実感のないことを思った。
そうすればきっと…彼の過去も記憶も気持ちも全部わかるのに。
そして、私の彼に対するこれ以上ないほどの感謝も、謝罪も、全て伝わるのに。
