夕暮れ時。
世界が真っ赤に染まる。
それは一瞬で、いわば闇に包まれる予兆だ。
でも、その鮮烈な光があるから…私たちは夜を乗り越え、明日を生きられるのかもしれない。
もう何十回もノックをしたドアも、街々と同じように真っ赤に染まっている。
震える手を押さえつけて、ゆっくり深呼吸した後にドアに手を乗せた。
こんこんこんっ、と軽い音が響く。
向こう側の音をほんの少しでも聞き逃さないように、息を潜めた。
緊張で心臓がうるさい。
その時、微かにドアの向こうから衣擦れの音がした。
コツ、コツ、と小さな足音が近づいてくる。
彼の足音は本当にいつも異常なほどに静かで聞き取れた試しがないので、この音に彼の今の心境が現れているようで罪悪感に胸が痛くなった。
「…はい」
いつも艶やかで誰もが聞き惚れる声は、どこか力がなくて不安に満ちている。
それでも、彼の声を聞けただけで私の心は色を取り戻していくばかりだ。
良かった、彼はいた。
ここに。
私たちが会っていた、いつもの場所に。
「私、水瀬」
彼の返事を待つことなく、私は大っ嫌いな名前を続ける。
「水瀬雨音」
彼の迷いがひしひしと伝わってくるけれど、私にはそれを拭う手段はわからないし、資格もない。
だから、私は私を見せるだけだ。
「ごめんなさい」
ドアに片手を触れる。
きっとこの先は温かくて眩しい世界だ。
彼がこの板の向こうにいるから。
「何も知らなかったのは私の方だったのに。天沢は私の苦しみも辛さも全部包み込んでくれたのに。私は、天沢の傷を見ようともしなかった」
何を言っても足りない気がした。
天沢への感謝と謝罪の思いは、言葉で補えるようなものじゃない。
でも、他に方法なんて思いつかないから。
できることを、するまでだ。
「天沢に、そんな顔をさせた自分が憎い」
覚悟は決めていたのに、掠れてしまう声も。
返事が返ってこないとわかっているのに、音を探ってしまう耳も。
必ず彼を傷つけてしまうのに、また会いたいと思ってしまう心も。
全てが、憎くて堪らない。
