「おはよう、雨音」
「…あ、うん。おはよう」
教室に着いたときにはちらほらと人が来ていた。
いつもは人がいるかいないか、くらいなので今日は少し遅れてしまったようだ。
羽虹はいち早く私のところに駆けつけてくるけれども、私はぎこちない挨拶しか返せない。
羽虹がそれに気づかないはずもなく、笑みを消して私をじっと見つめた。
「…何かあった?」
躊躇うように萎められた声に、心を強く揺さぶられる。
でも、今本当のことを確かめてしまったら確実に壊れてしまうので何も言うことができない。
「まあ、そんなこともあるよね!今日、放課後図書室行こうね」
「…うん、ありがとう」
羽虹の優しさに凍りついた心が少しだけ溶けていく。
今尚、私にこんなに優しくしてくれるということは、天沢は何も言っていないんだろうか。
『もうバレちゃったから、いいよ』
天沢がそんなこと言えるわけないか。
ずっと本当の天沢を探っていたけれど。
どんなに演技が上手でも、彼は俳優でもアイドルでもない、学生だ。
滲み出る性格は、隠すことができない。
自信がなくて、自尊感情が低くて、人を責められない人間。
あの時だって、彼は何も言い返してこなかった。
『君のためだよ!こんなことしたかったわけじゃない!
でも、じゃないと君は死んじゃうかもしれないんだよ!できることなんて限られてる中で、できることをやっただけ!
こっちの身にもなってよ!』
そのくらい言ったって、私が反論する権利はなかったのに。
やっぱり彼は優しいんだろう。
彼が“普通”の優しい人間だったら、私だって寄りを戻そうと思った。
でも、これは良いきっかけなんだ。
彼と、離れる。
天沢を私の人生から消す、チャンスだ。