「…どうしてっ…?」


細い肩を。

透き通る髪を。

長い睫毛を。

美しい声を。


天沢はその全てを切なげに震わせる。

そして、そのまま顔をあげることはなかった。


「何でよ…こっちが、どうして?あんたは、誰もが憧れる、“王子様”で“天才”でしょ…?

…もう、いいよ」


ここにこれ以上いたら取り返しのつかないことを言ってしまいそうで、椅子から立ち上がる。

これで、終わり。

全部、終わりだ。


でも、ドアノブに触れた瞬間…心残りを残さないように、聞いておくべきことを思い出した。

「…天沢は羽虹が…自分の願い事を断れないって知ってて…あんなこと言ったの?」

酷く落ち着いた声はさっきまでと温度差が激しくて、更に天沢を怖がられてしまうことだろう。

彼は、怒られたことなんてないような人間だから。

「…そ、れは、羽虹はっ…」

天沢が痛いところを突かれたかのように、曖昧に言葉を濁す。


全てが終わった瞬間、だった。



「嘘でしょ…?羽虹を何だと思ってるの…?

それは…優しさじゃないよっ」


全てが真っ白に戻った。


本当は、色なんてなかったんだ。


幻を、夢を、見ていた。



短くて儚い、一瞬の夢を。





「さよなら…天沢」




もう、何も聞こえなかった。



天沢が今どんな顔をしているのか、何を言おうとしているのか、そんなのもうどうでもよくて。


私は、お店を飛び出した。





眩しい太陽が、痛いほどに眩しくて。



雨を恋しく思った。



今の私に相応しい、陰気で惨めな雨を。



涙を流してくれる、優しい雨を。