こんな状態で歩いていた訳を落ち着いた頃におばさんに話した。
カケルは泣き疲れたようで俺の太ももに身を預けて寝ている。いや、俺じゃなくておばあちゃんだろどちらかというとさ。
「――そうだったのね。ごめんなさいね、そんなこと話させて」
「いえ。大丈夫です」
そうはいたもののまだ整理ついていない頭だから大丈夫ではない。
「女の子の “大丈夫” って “大丈夫じゃない” って意味とも捉えられるんですって」
確かにそんなところもあるわね〜と遠くにやりながらポツリと零す。
俺も共感した。共感しかない。女子の使う “大丈夫” には嘘と誠がある。だから分からない。上手いなと思う。表情にも出せやしてくれないから。
「――でもそれは女の子に限らないわね」
「?」
「あなたの “大丈夫” 真逆だもの」
ふふと笑うおばさんに目を見張る。
「女の子ほどではないけれど、あなたは分かりやすわよ」
私の娘も呆れるくらい “大丈夫” 言い続けていたから。そう重ねて明後日の方へ再び向ける。
「私の娘――この子のお母さんは真面目で優しくて頑固でとても不思議な子だったの。あの子の考えてることがいまいちピンとこなくてよくぶつかったわ」
視線を落としてカケルの腕をさする。その眼差しはとても愛に満ちていた。
くすぐったかったのかパシッと払うカケルに2人して微笑した。
「娘はなんでも自分でやろうとする子でね。上にお兄ちゃんもお姉ちゃんも居るのに兎に角なんでも1人でやってしまうような子だった。きっと彼女の優しさなんだと今では思うのよ。女手ひとつで子どもたちを育てていたし、上の子達は我が道行くような子達で」
苦笑しながら「今は更生してるから楽させてもらってるわ」と嬉しそうに言った。
「ある日ね妊娠したと聞いたの。彼女一人で育てるって言って何一つ聞いてくれなかった。彼氏だと思っていた人には逃げられたみたいで――そこだけは私に似てしまったのね。高校卒業してすぐに働いてたからお金の事は心配ないって言われたけれどやっぱ娘じゃない。心配はするわ」
おばさんは多少の支えになるくらいには準備していたらしい。でもいつの間にか小さな赤ん坊を連れてひょっこり顔を出したのだと眉を八の字にして懐かしんで言った。
「――カケルくんが2歳になった頃かしら。娘に異変が起こったのは」
今度は苦し紛れに呟いた。
カケルのお母さんは末期の乳がんで亡くなった。三年前に。
闘病中何ひとつ辛そうな顔を見せなかったという。
「思い出せばキリがないのだけれど。彼女の口癖はいつも “大丈夫” だったわ」
明後日を見つめるおばさんの瞳からは一筋の光が頬を伝っていた。
「ぁ、ごめんなさいね。思い出さずにはいられなかったわ」
「いえ、こちらこそすんません」
「あら、なんであなたが謝るの。ふふ、じゃあお互い様ね」
柔らかく微笑む彼女につられていると、むくりとカケルが起き上がった。
それを合図におばさんが立ち上がって帰りましょうかと促す。
眠たそうにシパシパさせるカケルを最も簡単に背中に持ち上げ、おんぶした。
「私のお話につき合わせちゃってごめんなさいね。帰ったら体ちゃんと温めて。風邪気をつけて。あとそれはあなたに差し上げるわ。タオルなんてごまんと家にあるから」
へこへこっとお辞儀をして踵をかえす。かと思いきや、話の原点を思い出したように振り返って声を大きくした。
「 “大丈夫” の裏返しは男女ともによ!人間の “大丈夫” は必ずしも一つとは限らないと思うわ。だから無理しないで。あなた自身も彼女さんもよ」
最後にもう一度丁寧にお辞儀して帰路に向き合う姿を黙って見送った。
姿が見えなくなると気が抜けたように腰を下ろす。
おばばさんの言葉を振り返る。確かにそうなのかもしれない。俺もさっき大丈夫なふりをして言った。『大丈夫』ってのは案外厄介な言葉だなと思う反面、使い勝手が良すぎるのかもしれない。なんとも不思議な言葉だ。
もはや呪文。
「ダイジョウブ」
今発したのはなんのダイジョウブなのか分からない。ただの気休めかな。
ていうか、本当にずぶ濡れじゃん。だからか。俺を見てくる人がちらほらいたのは。雨降ってることにすら気付かないでいたとは飛んだアホだな。
そう呆れるばかりの胸で家を目指した。
案の定、ばあちゃん達には驚かれ、案の定風邪をひいた。熱でうなされそうになる俺を支えてくくれたのは淡いピンクの傘を持って笑う望月で、口元は微かに動いてたけれど何を言っていたかまでは分からなかった。
きっと、『だいじょうぶ』って言った気がするんだ。


