「先輩ありがとうございました。あとすみません……」
体を離して目だけをその場所にやった。
椎名先輩は同じくそこに視線をやると笑った。それからぎゃあと一声上げってまた笑った。
これくらい何ともないよ、と言う割には若干苦笑いなのはスルーしてもいいのだろうか。
以前にも見た気がするそのジップパーカー。淡いピンクが基調の左胸元に茶色で “M” の刺繍がデコレーションされてある。背中には茶色で海辺の風景画がプリントされている。度々登場するそのジップパーカーはひっそり私のお気に入りでもあった。憧れの先輩だけあるから同じものを欲しい傾向のある私でもあるから。いつかどこで購入したのか聞いてみたいと思っていた。
「先輩。そのパーカーどこで買ったんですか?」
「ん?これ? 駅前のショッピングモールだよ。しかもオーダーメイド」
「え、オーダーメイドなんですか!? すご」
「すごいよね。それに背中の絵親友が描いたやつなの」
そう言った先輩の瞳が子どものような輝きを持ったみたいに揺れていた。
それから切なげに笑みを零した。なんだかその表情は私よりもっと悲しく、辛そうに見えた。
なぜ “親友” と発しただけでこんな顔ができるのか分からない。先輩のいう親友は私の同級生でもある “望月咲陽” だ。それに哀愁漂う表情をする人を私はもう一人知っている。
そんなに思われている太陽が心底羨ましいと思う。
でも、今はそれとこれは別物。滅ぼしたい嫉妬心の塊を呼吸ひとつで沈ませた。
「先輩」
今度は私が胸を貸す。さっき先輩がしてくれたように。
驚きが入り混じった籠った声が腕の中で響くそれを遮るように先輩が私にくれた慰めの言葉をお返しした。
なにが?とすっとぼける先輩に「本当は先輩の方が泣きたいと思ったからですよ」と言った。
腕の中で息を呑むように静かになると一瞬で、ハハっと薄く笑った。その声すら苦しめられているみたいだった。もうひと押しすると大きくため息を吐かれた。
「月影。それ男子にやったら惚れ案件だよ」
――私が男でも堕ちるわ。
その言葉を最後に先輩は静かに涙を流した。肩を震わせて。ほんの少し嗚咽が溢れて。そこにぽつりぽつりと私の知らなかった真実があった。


