ポツンと取り残された空間。視線の先には駆けている彼の後ろ姿。指先に残るブレザーの感触が名残惜しくて空いている左手で覆った。
失恋確定なのに涙というものが一向に姿を現さないのはなぜなのだろう。
これまで槙田くんの視線の先にいる人に嫉妬して、辛くて、泣いていた日々が嘘のように思えてくる。
もしかして、もう在庫切れ?
涙に在庫なんてあるわけがないのにそう思わせないと泣けないと思うとどんな手を使ってもいいから泣く手段を探したい。
私が高校に入って槙田くんを見つけたのは通学路で空を見上げてるところだった。
毎回同じ場所で見上げる空に何があるのか、そう思って槙田くんが先を行った後私も同じところに立って見上げたりした。何もなかったけど。当たり前に空しか見えない。
そんな些細な行動に惹かれていく自分に気づいて、それが私の初恋だった。
クラスに馴染もうとしない彼が今何を思っているのか自分なりに汲み取ろうとしたけれどイマイチ分からない自分に腹が立つこともあった。
そんな彼とほんの少し近くなったのは席替えで。私の前の席が槙田くんという世界にとんでもないくらい舞い上がったのは私史上最高の伝説と化している。
授業以外で声をちゃんと聞いたのもすごく嬉しかった。毎回プリント配られる度に寝たふりしたいくらいには。
よく友達同士で恋話に花咲かせてたけど私の友達は槙田くんにノータッチ。むしろ怖がられてた方で、話題にすら名前が上がらなかった。だから当然私が恋してる相手が槙田くんということは伝えていない。言ったらどんな反応が返ってくるか大体は想像できてっしまうから。
……多分、自分が傷つきたくなかっただけなんだと思う。
友達が信用できないとかそんなんではないけれど、友達が好きな人のことを悪く言う言葉を聞きたくなかった。彼の本質を知らないであれこれ言って欲しくない。
そんな保険をかけてしまった私が一番酷いのかもしれない。
それが今になって返ってきたということなのかもしれない。
惨めすぎる。
遠回しの告白も、一番ダサすぎ。
こんな告白の仕方って――。


