途中見覚えある絵に手を止めた。
懐かしむようにそこに手を当てて撫でる。
桜の木とベンチに座って上を見上げてる人が描かれて、その人はどこか楽しげで幸せそうだ。
これが俺だなんて知った時は結構恥ずかしかったな。俺だと全く思わなかったし、自分のことを羨ましいだなって今でもおかしな話だ。
この日は本当よく覚えてる。
「この日初めてちゃんと話したんです」
ぼそりそう言いながらこの絵を見せる。
奥さんも旦那さんもそうなのとやんわり笑って「素敵な絵ね(だね)」と声を揃えて言う。
だからこくりと頷いた。
素敵な絵だし、素敵な思い出でもある。
この日初めて話して、怒られて、引き留められて……ずっと会いたかった人が目の前にいる奇跡がこんなにも嬉しいことで、素晴らしいものだなんて思わなかった。
ましてや死にたがってた俺にこんな突拍子な幸運が訪れていいのだろうかと思ってしまうほどに。
「俺、この日までずっと死にたかったというか、そういう場所を探してたんです。笑うことも俺は許すことをしなかった。家族の前だけは笑うようにはしてたんですけど、それ以外は許さなかった。でも、咲陽さんと過ごすようになってから自然と解けていったんです」
ぼそりと話す俺に2人はただ黙って耳を傾けてくれる。
ゆっくり懐かしみながら次へ次へとページをめくってはその日が鮮明に思い出となって浮かんでくる。
美術室で寝てる俺(窓側に顔を向けてる)が数枚。どれも雰囲気は違う。
美術室で寝てる俺(咲陽の方に顔を向けてる)が数枚。これも雰囲気はそれぞれで。
美術室で頬杖をついて外を見てる俺が数枚。少し髪型が違ってたり眠そうだったり、退屈そうだったり、俺って思った以上に色んな表情してるなと初めて分かった。
これだから分かりやすいって言われるんだと納得するしかない。
不思議なのはその時の匂いとか雰囲気までもが蘇ってくる。
デッサンだったり水彩だったり楽しそうな色使いで俺を彩ってくれてて、咲陽の世界に居れてる俺はどんなに幸せか、この画を通して伝わってくる。
とても大好きだった。咲陽のいる世界は。
あぁ、懐かしい。戻りたい。咲陽のいる世界に――。


