「(うわああ、愛理に怒られる…っ)」

 普段からばたばたするタイプではないものの、その日だけ彼女は急いでいた。

 友人との待ち合わせ時間に遅れそうだったからだ。

 仕事が押して、とはいえやはり人を平気で待たせるのは性に合わないからと彼女は腕時計を何度も何度も見た。

 針は容赦なく、同じ速度で進んでいく。せっかく午後休をとったのにあと五分でそれも過ぎそうだった。

 考え事をしていたのできちんと前を見ていなかった。

 途端に視界が暗くなり、ほんの一瞬のことだった。

 気が付けば自分と、目の前の青年は同じようなポーズでそれぞれの後方によろけている。ついていた。

 花形と名高い、第一営業部のエースの高橋。話したことはないけれど名前くらいは知っていた。

 「い、ったー……」

 はっとする。そうだ、ぶつかってしまったのだからこちらに非があるに違いない。

 彼は怪我をしたりしなかっただろうか。