「コレット?」

 開きかけた口は、何も語らずに閉じられる。コレットの困惑した表情に、フランシスはどうするべきか逡巡した。


 一方、黙ってしまったコレットは、フランシスの気持ちに不安を抱き、怖くて想いを口にできなくなってしまっていた。

 会えば優しく話しかけてくれて、可愛らしいプレゼントも贈ってくれた。
 けれど、相手に敬意を払うのは当然の振る舞いで、プレゼントなど気持ちが無くても送ることはできる。
 優しくされたのは、部下(アンリ)の身内だからで、そうでなければ、出会うことすらなかっただろう。

 一度生まれた不安は、瞬く間にコレットの心に広がっていった。

(お、重くならないように、気を付けるわ。それなら、きっと、お伝えするくらい、許してもらえるわよ)

 断られることは何度も想定したから大丈夫だと、自分を鼓舞した。

「――私、フランシス様に頂いたプレゼントが、本当に嬉しくて、とても大切にしています。舞踏会でお会いできることも凄く楽しみにしていて、一緒にダンスを踊るのも楽しくて――ふ、フランシス様にとっては特別なことでは無かったのかもしれませんが――」

 ひとつ、またひとつ涙がこぼれ落ちた。胸の前で握った手にさらに力が込められる。

「私にとっては、どれも特別に嬉しくて、いつの間にか、フランシス様を、お慕いしてしまっていて――」

 できるだけ、負担にならないような言葉を選びながら、コレットは気持ちを伝えた。

 フランシスがコレットの右手を取り、その手に口づけする。

「ありがとう、コレット。嬉しいよ」

「本当ですか? 私の気持ちは――受け取っていただけるのでしょうか?」

 確実な言葉が聞きたくて、コレットは躊躇いがちに尋ねた。けれどフランシスが言葉を発するその前に、別の声がそれを遮ってしまう。


「これは、どういうことですの?」


 通路の入り口に、レティシアが立っていたのである。その顔は逆光で、どのような表情かまでは読み取れなかった。

「レティシア様!」

「コレットお姉さま? どうされたのですか? 向こうには人も倒れていますし。フランシスは何を?」

 コレットはファーストダンスが終わる前に会場を後にした。
 もしあの後婚約者の発表があったなら、その相手がフランシスだったなら――

(婚約者がいる男性に、告白するなんて、フルール様と同じことを……)

 自分がされて、あれほど嫌だったことを、レティシアにしたことになる。その事実に気付いてコレットは思考が停止する。フランシスに気持ちを受け入れてもらえない想像はしていたが、横恋慕をしでかす可能性など全く考えていなかったのだ。

「コレットお姉さま? お加減が悪いのですか……フランシスはどうして手を握っているのです?」

 徐々に近づいてくるレティシアに遠慮し、コレットは手を引き下げようとした。がフランシスがしっかりとその手を握って離さなかった。

「フランシス、コレットお姉さまから離れてください」

「今、立て込んでいますので、その命令は受けかねます。殿下」

 睨み合う二人の殺伐とした空気にいたたまれなくなり、コレットはレティシアに謝罪した。

「申し訳ございません。レティシア様」

「コレットお姉さま?」

「レティシア様は、フランシス様と婚約される予定なのでしょうか? 私、恐れ多くも、フランシス様を、お慕いしてしまって……」

 その言葉に、レティシアは大きく目を見開き、信じられないという表情をしたあと、すぐに顔を歪めて癇癪を起した。

「――どうして、みんな、そんなこと言うのよ!」