翌日もアンリはシルフォン家のタウン・ハウスへと帰宅する。
 そのままコレットの部屋まで行くと、彼女は買ったばかりの恋愛小説を夢中で読みふけっていた。

「姉さん、プレゼントだよ」
「まあ! 何かしら――こ、これは!!」

 本をサイドテーブルに置き受け取った大きな包みを開けると、中からはカーディガンにブランケット、もこもこのスリッパと可愛らしいウサギのぬいぐるみが出てきたのだ。

「――アンリ、どうしてこれを!」

 コレットは、その場でカーディガンの袖に腕を通してもこもこのスリッパに履き替える。ソファーに座り膝の上にブランケットを掛けた。その着心地の良さと暖かさに、感極まって思わず神に祈りをささげた。


 実は、痩せてから初めて知ったのだが、冬が寒いのである。

 正直、去年の冬は暖炉で暖められた部屋なら、とくに気にすることなく快適に過ごせていた。
 ところが今年、暖炉で暖められた部屋の中でも手足が異常に冷えることに気付いたのである。いや手足だけではない。全身が異様に寒いのだ。驚いてミアに尋ねると『冬とは寒いものです。それが普通です』と返されてしまった。

(脂肪が防寒の役割を果たしていたなんて、痩せて初めて知ったのよね)

 以来、極力暖炉の前を陣取り、上着を着込んで、暖かい飲み物で寒さを凌いでいた。

(一枚でこんなに暖かいカーディガンがこの世に存在するなんて、知らなかったわ)

 プレゼントを全て身にまとったコレットは、ホクホクしながら、最後にウサギのぬいぐるみに手を伸ばした。
 モコモコで手触りが良く、つぶらな瞳が愛らしい。

(この年齢でぬいぐるみは、ちょっと気恥ずかしいわね。可愛いけど)

 もう少し幼い子向けのプレゼントだろうにと、苦笑する。
 首にかけられたリボンに、なにやら二つ折りの説明書がついていて、コレットは手に取り目を通す。

「――凄いわ、アンリ! この子、お腹のポケットにお湯を入れたボトルをしまって暖房器具として使えるのですって!」

 考えた人は天才だろう、とコレットは大興奮でミアにお湯を用意するよう声をかけた。

(暖かいぬいぐるみなんて、最高だわ。一緒にベッドで寝ることにしましょう)

 就寝時も寒さでなかなか寝付けないので、このウサギのぬいぐるみはきっと良い仕事をしてくれるに違いない。あっという間にコレットのお気に入りとなった。

「素敵なプレゼントだわ。ありがとう、アンリ」

「差出人をよく見て。僕じゃないよ」

「え?」

 慌ててラッピングのリボンに挟んであったメッセージカードを手に取った。記された差出人の名前に息を呑む。

 ――フランシス・ジェラト

 カードを裏返せば、短いメッセージも書いてあった。

 ――あなたの新しい門出を祝って

 あの日フランシスの誘いを無下に断ってしまったのに、コレットのことを思いやってくれるメッセージに心が凪いだ。
 忘れよう、終わりにしようと足掻いていたが、再出発という考え方もあるのだ。

(思い出がまだ色褪せなくても、再出発はできるものね。素敵なことに気付かせてもらえたわ)

 祝いの品というには可愛らしく手頃なプレゼントの数々は、どれも今のコレットが貰ってとても嬉しいものばかりだ。
 何が好きか尋ねてくれたのに、何一つ教えなかったから、きっと沢山悩ませてしまっただろう。

 お湯の入ったボトルを収納したウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。暖かさが心の奥まで染みわたるようで、ほっとした。

「――お礼の手紙を書くわ。それをフランシス様に届けてもらえるかしら?」

「もちろん。書き終わるまで登城しないで待つよ」

「そんなにかからないわよ! 今すぐ書くもの」

 ウサギのぬいぐるみを抱いたまま、コレットはレターセットを選び万年筆を手に取った。
 プレゼントを受け取ったときの感動から、ひとつひとつの使い心地に、ウサギのぬいぐるみの仕様への驚きまで事細かに書いていく。最後に先日の非礼と感謝を述べた。仕上がった分厚い手紙に封をすると、翌朝一番にアンリに手渡したのだった。

 ◇◆◇◆

 数日後、アンリが再びシルフォン家の邸を訪れる。

「年始の舞踏会の招待状。上官の知り合いの方から我が家に是非にとお誘い頂いたんだ。姉さん、僕と一緒に出席してもらえるかな?」

「ええ、いいわよ」

「よかった。なら参加の返事をだしておくね」

 すでに舞踏会シーズンは幕を上げてから一ヶ月ほど経過している。にもかかわらず、コレットが参加したのはジェラト公爵家主催の舞踏会だけであった。

「今年はやけに舞踏会や茶会の招待状が少なかったわね。もしかして私の婚約解消のせいかしら?」

 いつもなら、ほぼ毎週のようにどこかへ顔を出していたのに、今年は全くと言っていいほど無かったのである。
 おかげでダイエットに集中でき、カロリーヌとレティシアのお茶会という名の会合にも毎回参加できたので、ありがたかったのだが。

「……そうだね。ゴルディバ侯爵家(あちらの家)に招待状を出すから、シルフォン伯爵家(ウチ)へは遠慮してくれたんじゃないかな、きっと」

 少しだけ視線を泳がせながら、アンリはコレットに招待状を渡した。

「そういうことよね。私としてはありがたいから気にしないでおくわ」

 お気に入りのウサギのぬいぐるみを抱きしめながら、コレットは舞踏会の招待状に目を通す。
 記された一ヶ月ほど先の日付は、コレットにとっては決して多くない日数である。

(よし! この日までに、ダイエットを完遂してみせるわ!)

 再び燃え上がった闘志を胸に、コレットはこの日から決意新たにダイエットに励んだのだった。