「なぁ。俺の大切な存在になってから離れていくなよ」

「え……」

ポツリとつぶやく声とともに、葉山くんの腕がわたしをふわりと包みんだ。

どういう状況……?

どういう意味……?

大切な存在って、どういう……

わたしは目を見開いて、頭が追いつかない。

だけど、胸がキューッと痛い。

「俺の母親さ……小1のとき出ていったんだ。愛されてないのは薄々気づいてた。家じゃいつも不機嫌で、俺のこといやいや面倒みてるのがバレバレだったから」

わたしのことを抱きしめたまま、葉山くんは静かに話す。

苦しそうで辛そうで。

無理に話さなくていいんだよって言ってあげたいのに混乱して言葉が出てこない。

「だからウサギ小屋の掃除面倒くさがるみんなのこと許せなかった。……でもお前がウサギに心から優しくするから。お前だけは俺の特別になった。一緒にいたいって思った」

葉山くんがゆっくりとわたしを見た。

息づかいが聞こえそうなほど、すぐ近くにある葉山くんの顔。

今にも泣きそうな顔。

(大切な人が自分から離れていくのが怖い。なのに、お前も俺から離れるのか?)

葉山くんの弱々しい心の声が聞こえた。

こんな葉山くん、初めてみる。

できることなら過去に傷をおった葉山くんに寄り添いたい。

わたしにとっても葉山くんは特別だって言えたら、どんなにいいか。

どんなに幸せかって思う。

だけど、できない。

どうしても。

わたしはやっぱり自分だけ幸せになってはいけないから。