夢を……見ていた。


(あれっ!? 何で夢だって言えるんだ……)
頭の中は疑問符だらけ。
でも、そう思わなければならない実状に僕は苛まわれていた。

何故此処に居るのかさえも判らないままで…
ただ時の流れを呆然と生きていた結果だと嘆きながら暮らしていたのだった。

それを承知で、僕は救いを求めて夢の中にこの身を投じていた。
何が助けになるのかさえも解らないが、現実逃避だけは出来そうだからだ。
それだけ僕は追い詰められていたのだった。





 広い広い雑木林の中を僕は一人彷徨っていた。


(此処は一体何処なのだろう?)
ふと、そう思った。


(やはり夢だ。そうでなきゃ彼処から抜け出せるはずがないんだから……)
そう思いつつも、僕は歩くのをやめられずにいた。


(心配要らない。きっと何処かにたどり着くさ)
本当は怖いくせに解ったような振りをする。


そうだ。やっと思い出した。確か……此処は以前も来たことがあった。そう思った途端急に元気になった。
夢だと理解しながらも、其処を目指して又僕は歩き始めていた。

鬱蒼と生い茂る木々の中を闇雲に進むと急に辺りが開けた感じがした。其処にあったのは川だった。


(やっぱり此処か)
僕は何故だか納得した。
川の中に手をそっと伸ばすと、何かに当たった。それは小さな石だった。

僕はそれを……僕はそれを、どうしたんだろう?
思い出せない……でもそれは……僕が望んだ答えではなかったのだ。僕が辿り着いた場所は悪夢の中だった。




 ……ガバッ。
目を開けると、何時もの部屋。
鉄格子のはめてある窓の向こうに目をやると、星が瞬いていた。


(まだ夜か)
布団の上に正座して遠い星を見つめた。

あの風景……
前に何処かで見たことがある。
でも、それが何処なのか今まで解らなかった。
だけどさっき夢で……やっと思い出した。
あれはきっと荒川だ。
でも……僕は彼処で何をしていたのだろうか?
そしてあの石で僕は何をしようとしていたのだろう?
解らない。あんな夢を見るために彼処に入った訳ではない。楽しいことが待っているはずだったんだ。
でもきっとそれは罪滅ぼし。僕の深部にある何かがそれを見せてくれたのだろう……





 この施設に入ってもうすぐ一ヶ月。
三ヶ月過ぎるとじきにマッサラ生活が始まる。マッサラとは新入りのことだと担当の教官が教えてくれた。

この風景にも見慣れてきた。
本当は此処に居ること事態が未だに信じられないのだけれど。

此処は人生の待合室とよばれる施設。少年院だ。
何故僕が此処に居るのか判らない。
ただ……誰かを殺したらしいと言うことだけは周りの人達が教えてくれた。
そう……あの石だ。
あの石で僕は母を殺したんだ。
さっきまで僕の見ていた夢が、皮肉にもその答えを教えてくれていた。





 十六歳未満の犯罪者は、少年刑務所ではなく、此処に入る場合もあるらしい。
だから僕は少年院収容受刑者と言われてるのだ。

だから僕は……夢だと承知で……此処から逃げ出したかったんだ。
あの夢が、僕の犯罪を立証する羽目になるなんて考えていなかったのだけど……





 夢を……見ていた。
又あの夢を見ていた。
広い広い雑木林の中をを僕は一人彷徨っていた。


(此処は一体何処なのだろう?)
ふと、そう思った。
それでも僕は歩くのをやめられずにいた。


(何処かにたどり着くさ)
本当は怖いくせに解ったような振りをする。

そうだ。此処は以前も来たことがあった。
僕が大好きだった清水さんの家族と一緒に見た博物館の横の道だ。

そう思ったら急に元気になった。
この向こうに彼女がいるかも知れない。そんな気になって……

そう……僕が求めていた答えはこれだった。
ただ愛する人と過ごしたかっただけだったのだ。





 鬱蒼と生い茂る木々の中を闇雲に進むと急に辺りが開けた感じがした。其処にあったのは川だった。


(やっぱり此処か)
僕は何故だか納得した。

川の中に手をそっと伸ばすと、何かに当たった。それは小さな石だった。
僕はそれを……僕はそれを、どうしたんだろう? 思い出せない。

それでも一つだけ思い出した。その石には血が付いていたのだ。


(一体誰血だ……)
判ってる。本当は母の血だって解ってる。
それでも認めたくない。僕が母を殺した事実を。





 ……ブォーッ!!
突然大きな音がした。

アレハイッタイナンノオトダ……解らない……それでも……僕はもう、彼女とは過ごせないと……夢がそれを教えてくれていた。





 苦しい……息が苦しい。


(今度は何なんだ。何故息が出来ないんだ?)
僕は必死にもがいて、やっと普段通りの呼吸を回復する。
この夢をもう何度見ただろう。時々前後が逆転はするけど、あの石の夢を見たら必ずこれだった。

彼処は何処? どうしてあんなに息が出来ないの?





 ふと目を覚ます。此処が何処なのか一瞬解らなかった。


(あっ、此処は少年院か? あの格子は間違いない。僕は罪を犯して此処に入れられたんだ)
でも僕には、その罪が何なのか解らない。
記憶が無いんだ。
僕の頭の中には小さかった頃のことしかない。
それでもさっきの夢でやっと思い出した。
僕が母を殺したと言う事実を認めた訳ではないけれど。

この幾日間、何故此処に居るのかさえも判らないままでただ時の流れを呆然と生きていた。
そう、僕は数ヵ月前までは何処にでもいるような普通の中学年だったのだ。
あの日。本当の母と出合う前までは……





 此処が少年院だと言うことだけは解っていた。

少年院。
十四歳以上の未成年の収監場所。
悪いことをした少年を入れる所。
非行を犯した少年を収容し、矯正教育をする所。
初等中等特別医療の四種類の少年院がある。
前科はつかないが成績が悪いと退院が長引く。
そんなことを入院した時に言われた。

少年院は収容少年に矯正教育を授けさせる場所らしい。
社会適応性を養わせると共に少年を取り巻く環境を調整し自力更正の力をつけさせる。

そして再出発を容易する反面、社会秩序の維持治安非行による被害からの防衛を分担する施設なのだ。





 約三ヶ月の独居生活の後に、グループで生活させる部屋へと移動する。
新入院生をマッサラと言って、耐えがたい苦労なども待っていると聞く。

一体、僕はどうなってしまうのだろうか?