振り向くと、そこに立ってたのは、少々個性の強い男性。
なにやら今時のデザインとは明らかに違うぶかぶかのコートを着て、オールバックの艶やかな黒髪は肩のあたりまで長く伸びてて…
それを見た途端、私は反射的に叫んでた。

「あ…ら、蘭学者!」



そう…それは、私が高3の時のクラスメイト。
身長が高く、顔もけっこう格好良いのに、なんでかよくわからないけど、彼はそんな変わったヘアスタイルをしてて…
変わってるのは髪型だけじゃなくて、天然というのかどこか浮世離れしたところがあって、休み時間にも一人で本を読んでるようなことが多かったから、いつの間にか彼には『蘭学者』ってあだ名がついていた。



でも、彼は、その言葉にきょとんとした顔をして……



もしかして…本人、『蘭学者』って呼ばれてたことを知らない…?



(……まさか!?)



焦っても、もう言ってしまったし、彼の名前はどうしても思い出せないし…
私は思い切って、『蘭学者』が彼のあだ名だったことと名前が思い出せないことを謝った。



彼はやっぱりそのあだ名のことを気付いてなかったみたいで、かなりびっくりしてた。
しかも、自分のことを存在感が薄いだなんて言った。
あなたのことは、高校中の全生徒が知ってますから!って言いたいところだったけど、それはあえて言わなかった。



「あ、あの…僕、松本です。
松本樹生。(まつもとみきお)」

「あ、そ、そうだ!
松本君!久しぶりだね!」

彼は名前を教えてくれたけど、それを聞いても思い出せなかった。
だけど、そんな失礼なことは言えないから、私は思い出したふりをして無理に笑った。
考えてみれば、彼とは確かほとんどしゃべったこともなかったような…
彼は友達がいないわけではないけど、けっこう一人でいることが多かった気がするし、必要なこと以外はしゃべったこともなかったはずだ。



「ありがとう、相川さん。
相川さんは本当に変わらないね。」

「……え?」

そう言って微笑んだ蘭学者の顔は、けっこう素敵で……
でも、どういうことだろう?変わらないって…
あの頃と比べたら当然更けてると思うんだけど…もしかして彼なりのお世辞?


そう言えば、あの頃はとにかくおかしいと思ってただけだけど、今、改めて見てみると、その髪型はけっこう彼に似合ってる。
顔に渋みっていうのか、男らしさが増したから、髪型に合って来たってことだろうか…



「あ…よ、良かったら、どこかでお茶でも…」

「え……?」

彼のどこか困ったような顔を見て、私はしくじったと思った。
なんでそんなこと、言ってしまったんだろう?
って、それはきっと彼が格好良いからだな。
だけど、彼は困ってる…あ、そうか!多分、結婚しててそれで……
どうしよう…!?



「……本当に良いの?」

「え?」

取り消そうかと思った時、彼がよくわからないことを言った。



「うん、お茶のこと…」

「え…う、うん!もちろん!」

私に気遣ってくれてるのか何なのか、彼はそう言ってとても無邪気な顔で微笑んだ。
あれ?大丈夫なのかな??