「え…何?」

「あ……ご、ごめんね!
私、最近、すっごく物忘れが激しくて……そ、その…」

「どうかしたの?」

相川さんが、何を言おうとしてるのか僕にはよくわからなかった。



「あの……あなたの名前が思い出せないんだ!
ごめん!!」

そう言うと、相川さんは腰が折れ曲がるほど、頭を下げた。



「あ、相川さん、そんなことなら気にしないで!
僕、存在感薄いタイプだから…それに、もう十年くらい会ってないし…」

ちょっとショックだった。
相川さんは、僕のことを全く覚えてなかった。
だから、当然、あのことにも気付いていない。



「ち、違うの!
あなたの存在はよく覚えてるの。
高3の時、同じクラスだったよね。
家は、3丁目の自転車屋さんの三軒隣の大きな家で…順子の家のすぐそばだったから良く覚えてるんだ。」

「え…う、うん、その通りだよ。」

「あの…実は、あなたのこと、皆『蘭学者』っていうあだ名で呼んでて…それで、名前が……」

「そ、そうなんだ…」

そんなこと、今の今まで全く知らなかった。
でも、なんで、僕が蘭学者なんだろう?



「あ、あの…僕、松本です。
松本樹生。(まつもとみきお)」

「あ、そ、そうだ!
松本君!久しぶりだね!」

相川さんの微笑みはどこか不自然だ。
きっと、僕に気を遣って思い出したふりをしてるんだろう。



(相川さんは、昔から優しい人だったから……)



僕の脳裏には、当時の相川さんの笑顔が浮かんでいた。
影の薄い僕とは違い、彼女は目立つ存在だった。
文化祭や体育祭…いろんな決め事がある時、積極的に発言する彼女が僕にはとても眩しく思えた。
はきはきしてて、姉御肌っていうのかな…
面倒見が良い人だった。

もたもたしてる僕のこともよく面倒を見てくれた。
修学旅行の時もそうだったね。
僕が、お土産を買い損ねたことを知って、相川さんは自分のお土産をひとつ僕に譲ってくれた。
あのキーホルダーは、家族には渡さず、結局、僕がずっと鍵に付けて使ってたよ。
あれをなくした時は本当にショックだった…
鍵をなくす以上のショックだったよ。
あちこちを散々探したけど、結局、みつからなかったんだ。