「そうそう。
ここを押して、文章を打ってね…
スタンプはここから選んで…」

「なにからなにまでどうもありがとう。」

松本君は、几帳面にメモを取りながら、LINEの使い方を聞いていた。



「じゃあ、これからどうしようか。」

「一旦、家に戻って…それから夜にお邪魔するよ。
7時で良いんだね?」

「う、うん。じゃあ、待ってるね。」



松本君の家の中は大量の段ボール箱でごちゃごちゃになっていた。
あんな状態じゃあ、ろくな食事は出来ない。
だから、夕方に、お母さんがカニを持って帰って来るから、良かったらうちでごはんを食べないかと誘ったら、松本君は、ご迷惑じゃないかとか言って遠慮してたけど、結局来ることになった。
それまでの間も当然ずっと一緒にいられると思ってたのに、意外にも松本君は家に帰ると言い出したから、私の気分は一気に冷めた。



昨夜、思い切って年賀状を書いて、しかも、松本君の引っ越し先が同じ市だっていう奇蹟的な偶然に、私の気持ちは燃え上ったっていうのに、当の松本君にはそんな素振りはまるでない。
やっぱり、ただのクラスメイトとしか思われてないのかな?
そう思うと、一人で勝手に盛り上がってたのが恥ずかしくて、たまらない気持ちになった。







家で、テレビを見ながら、そろそろお母さんが帰って来る頃かな?って、思った時…
LINEの着信音が鳴った。



(あ……)



それは、さっき登録したばかりの松本君からのものだった。



『相川さん、やっぴり僕は今でも黄身のことが好きです。
良かったら、付き合って下さい。』



間違いだらけの告白に、笑いと同時に私の乙女心が急にときめきだす。



『誤字が間違えました!』



(もう…松本君ったら!)



迷いは全くなかった。
私は、片目をつぶり親指を差し出す「OK」のスタンプを送信した。



『ありがつう!』



(もう…松本君ったら……)

必死になって、慣れないスマホで文字を打ってる松本君の姿が目に浮かぶようだった。
あぁ、愛しくてたまらない!
あ…そっか…
松本君、LINEで告白するために、一旦、家に帰ったんだ…
可愛い、可愛い!
本当に松本君って可愛い…!



私は、再び、松本君からの年賀状を手に取った。
たどたどしい文字に、思わず頬が緩んでしまう。

きっと、12年前ならこんな気持ちにはなれなかった。
あの頃、私には好きな人がいたし、松本君はクラスメイトの『蘭学者』でしかなかったから。
この古びた年賀状は、きっと一番のタイミングで私のところに来てくれたんだ。



(ありがとう…)



私は、12年前の年賀状をそっと胸に抱いた。



~fin.