松本君はなかなか話し始めない。
お好み焼きをじっとみつめたまま、押し黙っていた。



「じゃ、とりあえず食べようか。」

「う、うん。」



ちょっと焦げたけど、あつあつのお好み焼きはとても美味しかった。



「おいしいね!」

「う、うん。」



松本君はかなりの猫舌みたいだ。
熱さをこらえて懸命に食べる姿が、なんだかすごく可愛らしい。



いつの間にかすっかり好感を抱いてしまった彼だけど…
でも、年賀状のことはやっぱり気になる。
早く話を聞きたいって気持ちを押さえ、とりあえず、今は食べる事だけに集中した。







「あぁ、美味しかったね。
あ、あそこでちょっとお茶しようか。」


今度は、すぐ傍のカフェに入った。
このあたりには不似合いな感じの、小洒落たカフェだ。



「さて、と。
さっきの話の続きを聞かせてもらおうかな。」

松本君は、小さく頷いた。



「あの年賀状のことはすっかり忘れてたんだけど…あれ見た途端に、12年前のことを思い出したんだ。
あれは僕にとっては特別な年賀状でね…
っていうのも…恥ずかしい話なんだけど……
もしも、あの年賀状を見て、M.Mが僕だって気付いて、相川さんがお返しの年賀状をくれたら…僕、相川さんに告白しようと思ってたんだ。」

「えっっ!」

な、な、なんて甘酸っぱいことを言うんですか!
三十路になっても、こっぱずかしくてキュンと来ちゃうよ!



気まずい……
三十路の男女が、こんなことで顔を赤らめて俯いてるなんて……



「……ごめんね。」

「な、なんで、謝るの?
松本君が謝るようなことなんてなにもないよ。」

「……相川さんは、昔から本当に優しいね。」

低い声でそう言った松本君の周りには、色とりどりの薔薇の花が見えたような気がした。



いやん、格好良い!
なんで、あの頃、松本君の格好良さに気付かなかったんだろう?
あぁ~、すっごく損した気分!



(……ん?)



「あ、あの…松本君…
じゃあ、なんで今年なの?」

「え?
あぁ…その…結局、勇気がなくて出せなかったんだ。
なのに、破りも出来ず…そのまましまってたんだろうね。
それで…片付けしててみつけた時にもやっぱり僕はあれを破り捨てることが出来なくて…
それに今年はあの時と同じウシ年だから…それで、勇気を振り絞って出したんだ。
五日には僕はこの町から引っ越すし、相川さんが実家に戻ってるかどうかもわからなかったし、とにかくもう…なんていうのか、相川さんへの甘い初恋と意気地なしだったあの頃の僕を清算するために…」

「そう…そうだったの……
じゃ、じゃあ、神社で会ったのは…」

「あれは本当に偶然。
だから、すっごくびっくりしたよ。」

「そうなんだぁ……」

もしや、これは『ご縁』というものなんだろうか?
でも…松本君が私を好きだったのは、遥か昔のことで、しかも、それを清算しようとしたってことは、やっぱり今は何とも思ってないってことで…



(あ……)



私は気付いてしまった。
そっか……松本君は好きな人が出来たから、過去の思い出を清算したいってことなんだ…



そう思うと、なんだか不思議と気持ちがひどく沈んでいくのを私は感じた。