数日後、病院を退院した私は刑務所へと収容され、智明との面会が叶った。

「杏子、久しぶり」

「智明・・・」

智明は車椅子に乗っていて、体は随分とやせ細り、顔も少しコケていた。

「杏子、ごめん、俺のせいでこんなことに・・・」

「謝るのは私の方だよ、本当に、ごめんなさい・・・」

 癌と知らなかったとはいえ、残り少ない貴重な時間を私は奪ってしまった。

「謝らんといて、俺のためにしてくれたことなんやろ? じゃあ謝る理由はない」

 智明はそう言ってやさしい笑みを向けてくれる。

 私はその笑みで少しだけ心が救われた。


「また智明の顔が見れるなんて、話せるなんて、夢にも思わなかった・・・」

 やさしい眼差しで私を見る智明、しかしその笑顔には届かない、触れることもできない、ガラス越しに手を重ねるだけ。

 智明が動いてる・・・ 

こうしてまた、生きている智明に会えるなんて、
話ができるなんて・・・ うれしい・・・

 智明を楽にしてあげようと、すべての感情を閉じ込め殺そうと決意したのに、顔を見たら生きていることがうれしい、ただ、本当にうれしいんだ。

 私の目からぶわぁっと涙が溢れ出す。

「智明・・・」

 ダメだ、涙で智明の顔が歪んで見えない。よく見たいのに、涙が止まってくれない。

「杏子、あのさ・・・」

「うん?」

「俺、ずっと待ってるから。おまえがここを出て来るのを、生きて待ってるから」

「智明・・・」

「杏子、愛してる。俺と付き合ってください」

「えっ・・・?」

「ちゃんと言ってなかったから」

「な、なんで今・・・?」

「杏子、俺が言おうとすると、いつも話しそらして聞いてくれんかったやろ?」

 え? いつ? 
 まさか、初めて結ばれた時? 
 えっ? そうやったん? 

 あの時、抱いたことに謝罪しようとしてたんじゃなく、付き合おう」って言おうとしてくれてたん? 

 私、アホや・・・ 自分で勝手に智明は謝罪しようとしてると思い込んで・・・ 
 アホや、私・・・


「うん・・・ 絶対やからね? 約束やからね?」

「うん」

「絶対死んだらあかんからね?」

「ああ、絶対に生きて待ってる」

「うん・・・ うん・・・ 待ってて・・・」

 私と智明はガラス越しに見つめ合い、互いの掌を合わせて、約束を交わした。

 私の手より一回り以上大きな智明の掌。病気でもその手はとても力強く、私を包んでくれているようだ。

 私は大丈夫、智明が待っていてくれるから、きっとどんなことも乗り越えられる。

 ちゃんと罪を償ってここを出たら、今度は智明に罪を償おう。一生を掛けて、智明に尽くしていく。

 だからどうか、どうか死なないで。生きて、私を待ってて、お願い・・・

 他には何も望まない。だからどうか、智明の命だけは・・・


 私はその時、ずっと信じてこなかった神様という存在に、初めて祈った。