「違うの、そうじゃなくて美貴恵にモデルをお願いしたいのよ」

食器棚からコップを取り出そうとしていた美貴恵の手が一瞬止まる。

「はぁ?」

「いや、だからね。私の担当するページで・・・」

「それはさっき聞いた。そうじゃなくて、なんで私がモデルなんかやらなきゃならないワケ? さおり、私は一般人だよ」

「だから一般人がモデルだって言ってるじゃない」

「いや、そう言うことじゃなくて、モデル経験もなくごくごく普通の主婦の私にモデルなんて仕事を頼むあなたの思考回路がよくわかりませんってこと」

とんでもないさおりのお願いに、驚くのを通り越してあきれてしまうのだった。

「お願い、ね? もう美貴恵しかいないのよ。それに編集長にはかわいい主婦の友達がいますからって言っちゃったし。」
「アンタねぇ・・・」

美貴恵はそこまで言って大きくため息をついた。

「怒ってる?」

少しトーンを落としたさおりの声が聞こえてくる。それを聞いて美貴恵はソファにストンと腰を下ろした。腰掛けるというよりも、力が抜けて座り込んでしまったのだ。

「さおり、アンタのお願いはこれまでもたくさん聞いてきたけど、今回だけは無理だからね。」

「どうしてよ?」

「だってアナタの雑誌ってどこのコンビニにも置いてある有名ファッション雑誌でしょ。それこそ私の友達だって買ってる人いっぱいいるわよ。そんな雑誌に出られるワケないじゃない。モデルでもあるまいし」

いくらさおりのお願いが珍しくはないといえ、今回ばかりは聞くわけにはいかなかった。
そして、この電話ではっきり断っておかなければ、きっとさおりに言いくるめられてしまうことをわかっていた。