ケトルに水を入れる紗江。
芳樹に背を向けたまま話はじめる。

「私、ずっと芳樹と別れたこと後悔してたんだよね」

「え?だって・・・」

そう言いかけた芳樹の言葉を遮るように、紗江が話し続ける。

「別れようって言ったのは私・・・それが自分にとってベストな選択だと思ったから。
でもね、間違ってた。
ずっと一緒にいてくれた芳樹を簡単に手放してしまったこと、めちゃくちゃ後悔したんだよ。
手遅れだったけどね・・・気づいたときは」

「もし、あの時に俺がちゃんと話をしていたとしたら・・・別れなかった?」

「ううん、きっとあの時の私は芳樹の話なんか聞かなかったと思う。それくらい幼くて何もわかってなかった。だから、悪いのは私。芳樹に落ち度なんてひとつもなかったんだよ」

紗江は泣いてしまいそうな気持を抑えつけながら話を続ける。


「だからね、偶然、芳樹に会えたときに、一気にあの頃の気持ちに引き戻されたの。
後悔してもしきれないまま過ごしたあの時間を帳消しにできるような気がしたのかも」

「そうだったんだ。よくわからないまま紗江と離れちゃったもんな。紗江が別れたいって言う数か月前から、なんとなくギクシャクしてたし、うっすらわかってはいたけど、それなりにショックだったよ」

「ごめんね、いまさらだけど」

芳樹は、ふっと小さく呼吸をして、再び自分のチェアに座った。