「オレさ、いろんなことに察しがいいんだよ、けっこう」

「うん、知ってる」

「だよな、きっと俺のこと一番知ってるのは紗江だしな・・・」

ここまで口にして、カップに残ったコーヒーをグビリと飲み込む

「あの仕事で紗江と偶然会ったときはびっくりしたけど、心のどこかで安心もしたんだよ。元気そうだったから。」

「え?そうなの?」

「うん、それと同時に、同じ業界にまだいてくれたんだって」

「そうだよ、私がド新人だったころは、芳樹はバリバリ活躍してたもんね。憧れの人って感じだった」

少し紗江から笑みがこぼれる。しかし、次の瞬間、寂し気な瞳が黒く光った。

「あのとき、私が別れたいって言ったとき、芳樹怒ってた?」

「いいや、怒ってない。悲しかったけどね。とにかく実績を作りたくて無理やり忙しくしてたから、少しは気がまぎれたけど」

「ごめん」

「あっ、そういう意味じゃない。俺も紗江のこと気になってはいたけど、いろんなことから逃げたくて、会社もさっさと辞めちゃったしね。
その翌日から、別の編集プロダクションに出勤してたけど」

そういって軽く笑う芳樹。

「結局、ちゃんと話さないまま、別れちゃったのは、俺のミスだったよ」

「私、子供だったからね、あの頃。芳樹と別れてから楽しかったのは数か月で・・・気が付いたときには芳樹はいなくて・・・」

「まぁ、そんなこともあるさ」

再び流れる長い沈黙。
その沈黙を破ったのは携帯の通知音だった。

スマホの画面を確認する、その姿を見て紗江が小さな声で囁くように尋ねる。

「彼女?」

芳樹は一瞬、紗江のことを見るが、そのまま視線を落として小さくうなずいた。

「やっぱりそっか」

(ごめん)

そう言おうとして、その言葉を芳樹は飲み込んだ。