(今しかない!!!)

美貴恵は震える手で携帯を手に持つ。

「あ、さおりさん。オレだけど。昨日話したロケの件でちょっとトラブルがあってさ。スタイリストが・・・」

聞こえてくるのは、ずっと聞きたかった声。ずっと待っていた声。
何も言えずにただ携帯から聞こえてくるその声に、涙が溢れ出す。

「もしもし? さおりさん、聞こえてる?」

まだ芳樹は電話の相手がさおりだと思い込んでいる。
これ以上黙っているわけには行かなかった。

精一杯の勇気を出して言葉を搾り出す。

「もしもし芳樹? わたし 美貴恵だよ」

「え?」

一瞬の沈黙。
言葉を交わせなかったのはきっと数秒、いや1秒にも満たなかったのかもしれない。

「美貴恵・・・なの?」

「うん」

小さな声だった。
でも、しっかりと伝えたかった。

「ごめんね、実はさおりが家に泊まりに来てて、今お風呂に入ってるの。何回もかかってくるから急用かなって思って取っちゃった。」

待ち望んでいた瞬間は、なんの前触れもなく訪れた。

だから、本当はこう言いたかった。

(ずっと声を聞きたかった。逢いたかった。ずっとずっと我慢して、耐えてたんだよ)