「孝哉の父──朔哉(さくや)は、子供を授かったことで、まだ大学在学中ではあったけれど恵美子と結婚をした。だが……、朔哉は……、」
そこまで言って、教授は言い辛そうに言葉を一度切った。
「──交通事故で、亡くなったんだ…………」
あぁ、
何と言うことだろう……。
私は時々思うことがある。
神様なんて、やっぱりいないんだな、って。
神様が本当にいたとしたら、こんな残酷なこと、起こったりしないんじゃないかな。
愛した女性とお腹の中にいる我が子を残して、死にたいと思う人なんかこの世の中にはきっといない。
生まれてくる日を心待ちにしていただろうし、これから楽しいこと嬉しいことがいっぱいで、夢と希望に満ちあふれていたに違いないのに──。
「朔哉を失った恵美子は、心を患ってしまってね……」
それは当然だろう。
愛する人を亡くし、お腹の中に小さな命を抱え、……きっと絶望しただろうと思う。
私だったらそんな事、耐えられるだろうか……。
そんな状態の親友の恋人をひとりに出来るはずもなく、教授はすぐに結婚を申し込んだそうだ。
お腹の子の父親になるから、と。
お腹の中の子を含め、身体のことも、生活のことも、何もかもを教授が面倒を見るから、と──。
そして、教授はとても悲しそうな目で私を見つめて、驚くような言葉をポツリ、と零した。
「妻は、心が壊れてしまって、……孝哉を産んだことを、覚えていないんだよ」
────覚えて、いない、
それほどまでに、心が…………



