「もし孝哉兄さんといる所を見られても、孝哉兄さんは “彼氏の兄” だ、って思わせることも出来るでしょ?」
「……な、るほど……」
広夢さんが彼氏で、先生が彼氏の兄、……って見せかけるって事、ですか。
「一度そういう先入観を持ってしまえば、あの先生も、まさか明莉さんが本当にお付き合いしてる人が孝哉兄さんだなんて、思いもしないだろうからね」
優しくニッコリと笑う広夢さんに、私は心底救われる思いだった。
──先生は相変わらず怒ってて、広夢さんを思いっきり睨みつけているけど……。
「あの、先生……あの時、嘘ついて、ごめんなさい……」
私は先生に向かって深々と頭を下げる。
しばらく下げ続けたけど、何も声は返って来なかった。
それだけ怒ってるって事だ。
「……兄さん、何か声かけてあげなよ」
「……立花、お前さぁ」
「……はい……」
私が顔を上げると、先生は、はぁ、と大きなため息を吐いて私を睨んだ。
「お前、危機感なさすぎだって、何度言ったら分かる?」
「はい……すみません……」
先生が静かに怒ってる時は、本当に、ものすごーく怒ってる時だ。
お怒りはごもっともで、返す言葉も無い。
「……立花、悪いけど今日はもう帰って」
「え、ちょっと、兄さんっ」
「いま口を開いたら、多分立花を傷付ける。広夢、家まで送ってやって。俺じゃ事故るから」
先生はそう言い残して、リビングから立ち去ってしまった。
先生がバタンと大きめの音を立てて閉めたリビングのドアを、私は茫然と見つめていた。



