「──立花」



通り過ぎる瞬間に私を呼ぶ声が聞こえ、私は数歩通り過ぎた所で足を止めた。


先生が身体の向きを変え私の方に歩いてくる気配を感じ、私は視線を下に落とす。


ぼんやりと見つめる先に先生の足のつま先が映り込んだ事で、私の目の前に向かい合うように立った事が分かった。



「立花」


優しい声で、先生がもう一度私を呼ぶ。


私は視線を足下に縫い止めたまま、顔を上げることが出来ない。



「……光貴と、親父から聞いた……お前が色々頑張ってくれたって。お礼と、お詫びを言うようにって……」


先生の言葉に、私は首を左右に小さく振る。


お礼を言われるような事も、お詫びをされる事も、何もしていない。


むしろ、それは私がしなきゃいけない事だと思う。


お礼も、お詫びも、私が──。



「ごめん……、ありがとう」



私は再び首を横に振る。


それは、私の台詞だよ、先生……。



「立花……」



もう一度名前を呼ばれたが、私は顔を上げることは出来ない。


涙が流れ落ちそうになるのを堪えるのに必死だったから……。



涙でゆらゆらと歪む視界の中で、先生が一歩私へと近づくのが見える。


そして、そのまま先生の腕に抱き締められた。



あぁ……、やっぱり先生の腕の中は、こんなにも心が温かくなって、こんなにも落ち着くんだ……。