「…………きみ、ほんとずるい」


 食べ物の味がしなくなったり、眠れなくなったり、そんな風に弱っている恋人を想像してみたけれど、なかなかに難しかった。
 というのも、元々そんなに会えていたわけではなかったのもあるのだろうけれど、そんな姿を私に見せたことがなかったからだ。
 大人なのだから弱さが全面に出るというのも珍しい話だけれど、人間、生きていれば色々ある。だというのに、何かに悩んでいる素振りだとか、何かに困っている様子だとか、彼にはそういうものが一切なかった。
 少しぐらい垣間見(かいまみ)えてもおかしくはないのに、考えれば考えるほど、思い出そうとすればするほど、詩乃が言っていた【弱っている彼】から遠ざかっていく。

「まぁ何とかその日は家に帰してさ、メモを投函するのもちょっとホラーだからって言ってやめさせて、とにかく優美に時間をあげてねって念を押して、そこからは一日一回生存確認して、」
「生存確認……!」
「からの、運命の日ですよ。優美さんや」
「へ……?」

 なんてことを考えていれば、にんまりと笑う隣の女、御来屋詩乃。
 彼女がこんな風に笑ったときは、テロにも等しいくらいの爆弾発言をするときだ。

「優美が眞鍋(まなべ)さんと一緒に会社出て行くところを盗撮して、イオくんに送ったの」
「な……ん、だと、」
「ごめん止められなかった、って」

 それを思ったが先か、ぺろりと赤い舌先を覗かせながら、ばちん、と欧米人さながらのウィンクを彼女は披露した。