詩乃(いわ)く、声をかけたあと、まともに顔を見て、目の下にできている(くま)に気付いて、どうにも放っておけなかったらしい。
 私の同僚で友人で郵便物回収係だと説明し、少し話そうと提案したら思いの(ほか)すんなりとついてきたのだとか。

「カフェだったしさ、何か食べる? って聞いたの。そしたらイオくん、何食べても味しねぇからいらねぇ、って言ってさ」
「……え」
「そっかぁ、って言いながら勝手にたまごサンド頼んで口に捩じ込んでやったんだけどね」
「ねじ……!」
「そしたらイオくん、文句も言わずにずっともぐもぐしてて一向に飲み込まないもんだからさ」
「もぐもぐ……!」
「イオくんのアイスコーヒーに刺さってるストローを口元まで近付けたわけよ。そしたらイオくん、たまごサンド飲み込んで、コーヒーちゅるるって吸うもんだからさ」
「ちゅるる……!」
「あれ? 私、介護しに来たんだっけ? って思って……あ、マスター、同じのお願いします」
「あ、私も同じのお願いしますマスター」

 (から)になったカクテルグラスを少しだけ持ち上げて、詩乃は少し離れたところでグラスを拭いていたマスターに次の注文を告げる。
 右に(なら)い、己の口で同じ内容を告げると、マスターは僅かに眉根を寄せた。

「で、連絡先教えて、優美は無事だから、何かあったら連絡するから、とりあえず帰って寝なよって言ったのね」
「まさかの裏切り……!」
「そしたらイオくん、どうやって寝てたのか分かんねぇから寝れねぇ、って言ってさ」
「……」
「物理的に寝かしつける方法を一瞬考えたよね」

 あははっ、と詩乃がわざとらしく笑った瞬間、鼓膜を抜けていった、ガッシャンシャンと派手な音。

 「し、失礼、しました」

 どうやら、マスターの手からシェイカーが滑り落ちたてしまったらしい。