「あの礼さん。こんなこと聞いていいのかわかりませんが」

2人分のコーヒーを入れて向かい合い、どうしても気になることを思い切って聞いてみることにした。

「遥とは以前からの知り合いなんですよね?」
「ええ、昔から知っているわ」

「お母さまとも?」
「琴子おばさまにはすごくお世話になったの。10代の頃にはしばらく平石家に居候していたこともあるのよ」
「へえー」

これには驚いた。
どんな事情があってと聞きたいのに、怖くて聞けない。
昔、遥と礼さんは恋人同士で、だからこそ礼さんは遥に何でも言える。それが女子社員の間で伝説になっているから。

「遥の元カノですかって、聞かないの?」
「え?」

ズバリ直球、いかにも礼さんらしい。

「残念ながら純粋に友人よ。返しきれないくらいの恩があるのは事実だけれど、さすがに4つも年下の男の子に恋はしないわ」
あっさりさっぱりした口調は嘘ではないみたい。

それでも気になった礼さんの言葉。
今の萌夏の生活も『返しきれないくらいの恩』ってことだろうか。

「ほら、荷物はこれでいいの?」
すっかり手の止まった萌夏に礼さんがパンと手を打った。

「ああ、はい。これが4日分の着替えです。足りなくなったらまた持っていきますから」
「そうね」

いつまで続くかわからない今回の騒動。
早く終わって欲しいとは思うけれど、まだ全容が見えない。

「遥はホテルに泊まるんですか?」
「一応ホテルをとるって言っていたけれど、しばらくは会社から出られないのかもね」
「そうですか」

礼さんや高野さんに聞いて、萌夏も問題の投稿を見てみた。
いかにも内部告発らしく、社内事情を匂わせながら遥の指示で談合が行われていたとの内容。
知らない人が見れば騒動の首謀者が遥に見えることだろう。

「大丈夫よ、今みんなで調べているから」
「・・・はい」

今萌夏にできるのは遥の足を引っ張らないこと。
遥を信じて待つしかない。