「琴子おばさんかぁ」
一人になりつい口を出た。

空の奴は母さんのことを琴子おばさんと呼ぶ。
子供の頃からずっとだ。

それにしても、母さんがわざわざ空に探りを入れているってことは、それだけ萌夏のことが気になるんだろう。
先日駐車場で社長に鉢合わせしてしまったし、いとこである父さんや社長と親しい母さんの耳にも入るだろうと思ってはいたが、さすがに早いな。
まあか母さんのことだから必要以上に干渉してくることはないだろうし、父さんだってトラブルを起こさなければ口出ししないはず。今の平石家は反抗期真っただ中の弟のことで手いっぱいのはずだから。

トントン。
「お時間です」
いつものように雪丸が声をかける。

「わかった」

「あの、次長?」
言いにくそうに雪丸が遥を見ている。

その顔を見てすぐに気づいた。

「今日はまっすぐ帰る。どこにも寄らないぞ」
「しかし・・・」

きっと社長に俺を連れ出せと頼まれたんだろう。雪丸が困り果てている。
だが、このタイミングで社長と飲みたくはない。
絶対に萌夏のことが気になっているだろうし、なんだかんだと洗いざらい聞き出されてしまいそうで怖い。

「社長には俺から連絡するから」
「お願いします」

平石建設代表取締であり、平石財閥を支える主要メンバーでもある社長。
子供の頃は『陸仁おじさん』と呼んでよく遊んでもらった。
夏や冬になれば、毎年のように空と一緒にキャンプに連れて行ってもらった。
いつもおしゃれで、面白いことばかり言って場を和ませることの多い大好きなおじさん。
その印象が一変したのは一緒に仕事をするようになってからだ。
一旦仕事となると一切の妥協を許さない仕事の鬼で、あれだけかわいがっていた遥にも本気で叱責する。
遥は平石建設と関わるようになって初めて、働くということの意味を教えられた。
そして、どんなに厳しくてもこの人についていこうと思えた。

『すみません、体調が悪いので今日は帰ります』
遥から社長に宛てたたった1行のメール。
それ以降は電源を切った。
 
こうでもしなければ、陸仁おじさんの誘いは断れない。