「朝、仕事へ行くのを止めることもできたはずだろう?」
「それは・・・」

確かに朝から具合が悪そうだったし、食欲もなかった。

「やめろ」
ソファーの上で目を閉じていた遥が雪丸さんを止める。

「朝から熱感があったから、今日一日持たないだろうと思ってはいたんだ。それでも外せない会議があったし、進めておかなければならない仕事があった。だから出社したんだ。それらを午前中の内に終わらせたから、やっと帰れる。たとえ雪丸が止めても、やるべきことを終えるまで俺は帰らなかったと思う。だから、雪丸を責めるのは間違っているんだ」
萌夏を見上げながら遥はゆっくりと話す。

「ごめんなさい」
萌夏は素直に謝った。

さっきのは完全に八つ当たり。
自分のことを棚に上げて、責任転嫁もいいところだ。

「じゃあ、車を用意してくる。下まで歩けるか?」
いつもは敬語の雪丸さんも、こんな時にはため口に戻る。

「大丈夫だ。萌夏と一緒にゆっくり向かうから下で待っていてくれ」
「わかった」

早退の届けは雪丸さんが出しておいてくれるらしいので、とりあえず荷物をまとめ礼さんにだけは声をかけた。


「じゃあ、行こうか」

ゆっくりと立ち上がった遥が、上着を着て身だしなみを整える。
さすがに心配になって腕を差し伸べた萌夏に、「社内では目立つからいいよ」と笑った。

高熱のせいで起きているのもやっとのはずなのに、次長室を出た瞬間からピンと背筋を伸ばしいつも通りに見える遥。
その背中を見ながらすごい精神力だなあと、萌夏は感心してしまった。