「悪い」
「あ、いえ……」
気のせいだろうか。
少し郁也さんの息が乱れているような気が……私には関係ないのだけれど。
「それよりリビングに何か用があるんですか?」
てっきり地下へ直行すると思っていたけれど、リビングの扉を開けたということは、用があったのだろう。
「用は……」
郁也さんは何かを言いかけたところで、何故か黙ってしまう。
黙るというより、言葉に詰まらせている感じで続きを待っていると、彼は突然自分の後頭部を掻き始めた。
「……悪かったな」
「え……」
「さっき、香織がお前に突っかかってきただろ」
まさか郁也さんが謝罪の言葉を口にするなんて、明日は雨でも降るのだろうか。
彼は私から目を逸らし、どこか居心地が悪そうだ。
その姿を見て思わず笑ってしまう。
「笑うな」
「ごめんなさい、おかしくって」
とはいえ、いつまでも笑っているのは流石に失礼なため、すぐに笑うのをやめる。
それに今は先程のことよりも大事な話があるのだ。
「それより郁也さん、明日私たちの母親が来ることを知っていますか?」
「……は?」
私の言葉を聞いた郁也さんは“理解できない”というような表情を浮かべていたため、知らなかったのだと思った。



