スイレン ~水恋~

右奥の扉に逃げ込み、使い古されてても掃除は行き届いたレストルームで詰めてた息を思いきり吐き出した。

深呼吸を三度。ゆるゆる見上げれば、洗面鏡に映る姿は泣くのを意地でも堪えてる迷子のよう。

だってそんな筈ない。顔も性格もお兄とは似ても似つかないし、どこにそんな要素・・・!歳上で極道ってだけじゃない。ねぇ待って。ほんとに待って。

魔が差した?気の迷い?一晩眠ったら忘れてる?そうじゃないと困るの。柳さんなんて冗談じゃないのよ、手に負えるわけないんだから絶対に。

必死に自分を説得しながら、硬いものが少しずつ崩れてく音を耳の奥で聴いてる。

最初は小石くらいだったのがどんどん大きな塊が落ち始めて。軋んでひびが入って。

“壁”にぽっかり空いた穴。

人ひとりなら、どうにかくぐり抜けられそうな。

そのうち勝手に空く、・・・って。あたしを慰めた男の笑い顔が向こう側から覗いた気がした。