スイレン ~水恋~

手首を締め上げられて財布から抜いた五千円札をカウンターに放ると、もう片方も慌てて扉の向こうに消える。

空気読まないからでしょ。思いっきり溜め息を吐く。極道相手に洒落になんなかったわよ全く。カタギの方がよっぽどタチ悪いったら。

代わりに隣りに腰掛けた柳さんが、ナニモシテマセンみたいな顔してやんわり笑った。

「ごめんねー待たせて。梓ちゃん来てるって言うから、急いで接待(シゴト)ほっぽって来た」

煙草とお酒の匂いと“正装”。お兄と重なる。あながち嘘でもないのかも。

「・・・いいんですか、そんなことして」

「んーどうかな。でもこっちのが大事」

すっとあたしの右手を取ると、顔を寄せて甲にしっとり口付ける。「ハイ消毒完了」

「い、いりませんっ」

目が合ったのを思いっきり逸らし、慌てて手を引っ込めた。ああもう、ほんとに何なのっ。

いっつもこの(ひと)のペースに巻き込まれっぱなし。平常心よ梓。柳さんの辞書にはキス=日常会話って書いてあるの、きっと!