ほとんど知らない他人の前で不覚にも泣いた。キスを盗まれたかと思えば、青天の霹靂な匂わせ発言。混乱しながら気付いてもなかった。普段の自分だったら捨て台詞のひとつも吐いて、とっくにこの店を出てってることすら。

「あの時・・・って」

独り言みたいに呟いて無意識に記憶を手繰る。
もしかして本当にどっかで会ってた?

「思い出したくなったら、またおいで」

柳さんが悪戯気味に答えをはぐらかしたのと同時、入り口の扉が開く重たい音。

「呼んでないけど迎えが来ちゃったしねぇ」

気配に振り返る前に、あたしの脇には彼に向かって目礼する黒服の男が。

「・・・お嬢は引き取らせてもらいます」

「無粋な番犬だなぁ。オレが梓ちゃんにナニかするとでも思った?」

刹那。自分がやましいワケでもないのに心臓が波打つ。

キスされたなんて。知ったらお兄は柳さんに詰め寄るかも。外国じゃあのくらい挨拶と一緒だし、鷺沢一家と変にこじれても困るし。無理やり言い聞かせて必死に平静を装った。志田の勘の良さは動物並みだから!