スイレン ~水恋~

お坊っちゃんは柳さんの正体を知らなくていいだろうし、面倒が割り増しになった気しかしない。うんざりした溜息を胸の中で大きく漏らし、背もたれ付きのスツールに腰かけた。

「一杯目はご馳走するよ、梓ちゃんが来てくれた記念に。何にする?」

極道とは思えない滑らかな口。おしぼりとコースター、ドライフルーツとミックスナッツの小皿を綺麗に並べて、柳さんは(なま)めかしく笑む。

「・・・それじゃバレンシアで」

「僕はスクリュードライバーを」

シェイカーを振る姿をなんとはなしに横目で追う。当たりも柔らかいし、確かに寄ってくる(ひと)は多そう。来る者拒まずで手当たり次第ならいつか刺されるわよね。自業自得だけど。

あ、でも。不意に思った。当たりが柔らかくて底が見えない感じはハルトさんも似てる。

「梓さん」

つい気を取られてたのを、視線を引き剥がして横を振り返った。愛想を貼り付け忘れずに。