スイレン ~水恋~

「伊沢さんに会ってくるから子供達をお願いね!」

十時半過ぎに世話係が戻ったのを待ちかね、鳴子に向かってハンドルを握るあたし。

キーケースが気になって子供達のことが二の次になるぐらいなら、さっさと片をつけたいの。逸る気持ちを抑えアクセルを踏み込んだ。

昔の志田だったら絶対にあたし一人で行かせたりしなかった。ユウと有紗が生まれてから、優先順位とお嬢への過保護度合いは良い意味で変化したと思う。

横丁近くのパーキングに到着すると、ミニバッグを掴んで駆け出す。子育てする前はスニーカーってほとんど履かなかった。今はヒールと無縁の日常。ママになってくあたしを、隆二はどんな風に褒めてくれた?

暖簾がかかった店の前、息を整えて深呼吸。引き戸に指をかけた。

「こんばんは・・・!」

「・・・お嬢さん。こんな時間にどうしました?」

カウンターの中からこっちに視線を流した伊沢さんは、入ってきた客があたしだと見るや、訝しそうに眼を細めた。

それから「どうぞ」と、取って付けたように右端の席を勧めてくれる。あたしも気付くのが遅れた。左端に作業着姿の先客がいた。