『好き』を一度も聞いてないから。と、泣きそうでも強がって笑ったあたしの前に、厚みたっぷりなだし巻き玉子が置かれた。

「惚れてやがります」

諭すような伊沢さんの一言が、心の底に沈んでた何かを攫ってく。冷たくて清々(すがすが)しい湧き水のような流れで、あっという間に。

「隆二には『どうにも手放したくねぇ女が出来たら、連れて来い』と言ってましてね。・・・それが、淳人の大事な梓お嬢さんになるとは思っちゃいませんでしたが」

「・・・じゃあ伊沢さんに初めて会った時って」

「腹決めてなけりゃ、お嬢さんとここに(ツラ)なんざ出せやしねぇんで」

「ぜんぜん知らなかった・・・」

じわり胸の奥が熱く、愛おしさで灼けつく。

倉科に(さら)いに来てくれたあの夜、隆二は。
あたしに何を懸け、選び取ってくれたんだろう。