スイレン ~水恋~

それから背を向け、耳に押し当てたスマホ越しに声を潜める。相手が誰かをすぐ悟った。

「若が話すそうだ」

冷気を放ったままの志田が、スマホを突き出した相手は伊沢さん。受け取った彼はスピーカー音声に切り替え、シニカルに口角を上げた。

「・・・済まねぇな淳人。俺が出張るのは筋違いなんだろうが、こっちで引き取らせちゃくれねぇか」

『・・・芳治(ヨシ)さん、無用に願えませんか』

あの夜以来、初めてのお兄の声。感情を殺してるようにも聞こえたし、固唾を呑んであたしは耳をそばだてた。

「今日のところはお嬢さんの肩を持たせてくれや」

伊沢さんが言い放つ。見えない切っ先を、一瞬でお兄の喉元に突きつけた。みたいに。