相手は目上らしく、気安い挨拶をしたけど敬語は崩さない。さり気なく単語だけ拾い集める。会話を隠さないのは、あたしに聞かせたいのかと思って。

「すいません、今から寄るんで」

元からそうするつもりだったようなニュアンス。機嫌良さそうに。

連れ(ツレ)もいるし適当に見つくろって下さいよ」

短く終えてスマホをポケットにねじ込んだ柳さんに、「行こっか」とやんわり促される。どこに?なんて、うるさく訊いたりしない。黙って察するのが女。お母さんを倣えば。

豚骨ラーメン店の角を折れ、昭和の風情が漂う横丁へ。あたしの腰を抱いたままのゆったりした足取りが一軒の前で止まった。

年季を感じる藍染地の暖簾には、筆書きっぽく白抜きで“鳴子(なるこ)”。どこにでもありそうな小料理屋。・・・に見えた。

「昔から世話になってる人の店でねぇ」

格子戸の引手に指をかけながら柳さんは困ったように笑む。

「イザワさん渋くてイイ男だからなぁ。うっかり惚れるなよ?」