愛がなくても、生きていける




翌日。

代官山にある、小さなカフェに私の姿はあった。



昨夜散々迷った末に決めた服は、ライトグレーのニットワンピに、薄手のデニムジャケット。

ワンカールさせたミディアムヘアにメイクは血色良く見えるオレンジ系にした。



気合い入りすぎてないかな、不安……。

ドキドキしながら店内に入り、お客さんのまばらな座席を見回すと



「清水」



昨夜電話越しに聞いた声が、直接耳に呼びかける。

その声に振り向くと、奥の窓際の席から手を振る姿がひとつ見えた。



「大迫……」



それが彼だとすぐに気づいた。

黒い髪に切長の奥二重、あの頃と変わらない顔立ちだけれど少し痩せて骨張った体つきが大人の色気を漂わせている。

大迫がいる席へと向かうと、向かい合う形で席に着く。



「お前全然変わらないな。すぐわかった」

「大迫こそ」



左側の大きな窓から入り込むあたたかな日差しが頬を照らす。

ちら、と目の前に座る大迫を見ると、コーヒーカップを手にする彼は黒いシャツがよく似合っている。

メニューを見てアイスコーヒーをひとつ頼むと、小さな緊張をひとつ飲み込んだ。



「それにしても、清水がフォトグラファーとはちょっと意外だな。ずっとフリーでやってるのか?」

「ううん、この前までTC出版にいたけど辞めたの」

「へぇ、あんな大手辞めるなんて思い切ったな」



なんで辞めたのかを聞かれたくなくて、私は他の話題を切り出す。



「大迫は?SEやってるって聞いたけど」

「あぁ。少し前にウェブ系の会社立ち上げたんだよ」



そう言いながら大迫が差し出した名刺を受け取った。

そこには【株式会社エヴァーグリーン 代表取締役社長 大迫耀】の文字が並ぶ。



「って、社長!?」

「肩書きだけだよ。こうして営業や業務もやってるし」



肩書きだけ、とは言え社長って……すごい。

しがないフリーランスの自分の名刺は渡せなくなってしまう。



「まぁ、仕事ばっかりしてていい歳して独身だけどな」



自虐するように笑う、その薬指に指輪はない。

思わずそれを確認した私の視線に気づいたのだろう、大迫も私の薬指を見る。



「清水もか。お互い寂しいもんだな」

「うるさいな」



ジロッと見た私に、大迫はふっと鼻で笑う。

大人びた顔の彼がする、記憶の中の彼のままの笑い方に懐かしさを覚えた。