『……そう、だったんだ。もう、なにも知らなかったからビックリしちゃったじゃん!』
明るい声でそう言って、辰巳の背中をバシッと叩く。
『でもおめでとう。お幸せにね』
『あぁ、ありがとな』
私の言葉に嬉しそうに笑って頷いた。そんな辰巳の表情に、胸の奥が強く締め付けられるのを感じた。
口から出た『おめでとう』に、気持ちなんて1ミリも込めていなかったから。
おめでとう、なんて思えない。
だっておめでたくなんてない。
お幸せに、なんて言いたくない。
だって他の誰かとの幸せなんて願えない。
だけどその気持ちは一切言葉に出せず、堪えるように噛んだ唇の内側からは血が滲み、口の中に鉄の味が広がった。
その翌日、辰巳は上司や営業課のみんなにも話をし、オフィス内は一気にお祝いムードとなった。
結婚式が決まり、仕事仲間として招待されてからも、招待状に書かれた『井上辰巳・林莉奈』の文字ひとつにも胸を痛めた。
そんななか、営業課のみんなでお金を出し合って結婚式の日にサプライズでお花を贈ろうという話になった。
『せっかくだし、井上くんらしいお花を選んであげたいよね。そうだ、どんなお花にするかは榊さんにお任せしようかな』
『そうだな。なんていったって、井上と一番仲良いもんな』
なにも知らないみんなの言葉にも、私は本音を飲み込んだまま。作った笑顔で首を縦に振った。
他の誰かのためのものだったなら、喜んで、すぐにでもその人に合った色やデザインをイメージして花屋に注文を済ませただろう。
けれど、祝いたい気持ちなんて湧かないせいか、どんな花束がいいかが未だに決まらない。
それどころか花屋に行って『お祝い用の花を』という言葉すらも言えないまま。
結婚式の一週間前までには注文しておかなければいけないのに……結婚式まであと10日。
躊躇っている時間は、ない。



