「……今日、先生から話があって、母がもう長くないって言われたんです」
静かな部屋に響いた声に、中村さんは絶句する。
「え……それって、」
「転移も広まって、もう手術も治療もできない、って。……本当は私も薄々気づいてたんです。でも考えたくなくて、気づかないふりをしてた」
先生からのいい知らせを期待して、未来の予定を立てて、明るい兆しを願っていた。
「お母さん、母子家庭だからって私に苦労をさせたくないって、仕事も家事も頑張ってくれてたんです。
いつも私のことばかり優先して、病気の前兆もあったのにずっと隠してて……気づいたときには手遅れだった」
私はなにも気づかなかった。
気づかないように、母が元気なふりをしてくれていた。
そんな母がついに痛みに苦しむ姿を見せて、私はようやくその病気に気づくことができた。
なにも知らずにいた自分が悔しいと、今でもずっと思ってる。
悔しさを滲ませるようにぐっと両手でカップを掴むと、カップ越しの熱に指先が少し痛くなる。
「なのに私は、お母さんになにもしてあげられない。どんなことだってしてあげたいって、本気で思ってるのに……なにも、できない」
いやだ、こわい。失いたくない。
お母さんがいない日々を、想像したくない。
頭の中でぐちゃぐちゃに入り混じった悲しみを、ただ涙にしてこぼすことしかできない。
すると、涙で滲んだ視界に一枚のハンカチが差し出される。
カップを一度テーブルに置き、ハンカチを受け取り涙を拭うと、甘い花の香りがした。
「……こういうとき、なんて声をかけたらいいかわからないや。ごめんね、年上なのに頼りなくて」
彼が悲しそうに笑っているのが、顔を上げなくても想像ついた。
頼りない、弱々しい台詞。
だけど飾る言葉や形だけの励ましをしないところが中村さんらしくて、逆に安心した。



