愛がなくても、生きていける




「聞いた?受付の子、営業の中村さんと別れたらしいよ」



開いたままのドアから聞こえてきた、『営業の中村さん』という確実に自分のことを指しているその呼び名に、思わず足を止める。

彼女たちはそれに気付くことなく話を続けた。



「あー、あの子が他の男に乗り換えたんでしょ?『侑吏(ゆうり)なんて顔だけじゃん』って話してるの聞いた」

「えー、中村さんかわいそー」



女性たちの言葉に思い出すのは、先日別れた彼女からの最後の捨て台詞だ。



『だって彼の方が魅力的だったんだもん。侑吏ってほら、なんていうか……顔だけじゃん?』



これまで付き合った相手からも、何度か言われたことがある。

『顔だけ』

『中身は普通』

『誰にでもただ優しいだけ』。

極め付けは『愛を感じられない』。



それも、間違いではないと思う。

だってどうせ、みんな外側しか見ていない。

俺の容姿。

期待に応えるための言葉、

上手くやり過ごすための笑顔。

それらに対して『好き』と言い寄ってくるだけで、本当の俺に興味なんて無い。

少しでも怒ったり欠点を見せたりすれば、『イメージと違う』と批判する。



だから俺も、それに応えて付き合って……誰かを欲しいと、心から惹かれたこともない。



「中村さん」



心の中でつぶやいたその時、不意に呼ばれた名前に振り向いた。

そこにいたのは黒く長い髪をしたひとりの女性、経理部の里見(さとみ)さんだ。


160前後の背丈をした華奢な体に、紺色のセーターが少し大きそうでダブついている。

そんな彼女は、輪郭のはっきりとした黒い瞳で真っ直ぐに俺を見た。