愛がなくても、生きていける

オフィスビルをあとにし、私と辰巳は駅を目指して会社前の大きな通りをふたりで歩く。



先程の出来事から、なにを言えばいいかがわからなくて、歩くあいだはなにも言えないまま。

しばらくの無言のあと、横断歩道の赤信号に足を止めると同時に、口を開いたのは辰巳のほうだった。



「……さっきのこと、気にすんなよ」



ぼそ、と呟く気遣いの感じられるひと言に、私は笑って頷いた。



「うん。全く、っていうのは難しいけど、でも辰巳が怒ってくれたからスッキリした。それにしても、よくあんな恥ずかしいこと言えちゃうよね」

「恥ずかしくなんてないだろ。俺は思ったことを言っただけだし」



茶化すように言ってみせたけれど、それに対しても辰巳はまっすぐな言葉で返してくれる。

嘘が下手で、お世辞や社交辞令も嫌いで、そんな辰巳の言葉だからきっと本心なのだろう。

そう思うと嬉しくて照れくさくて、私は黙ったまま、自分の頬が熱くなるのを感じた。



目の前の信号が青に変わり、私たちは近い歩幅で歩き出す。



「正直俺さ、この会社入ってから心折れそうになったことが何回かあるんだ」

「えっ、そうなの?そんな風には見えなかったけど」

「まぁ、かっこ悪いし人には見せたくなかったからな。隠してた」



器用な立ち回りと明るい表情から、そんなふうには見えなかった。

でも辰巳だって、人間だもんね。悩んだり弱くなるときだってあるはず。



「けどそのたびに、いつも努力してる初音を見て『俺も負けてられねー』って、勇気づけられたし頑張れたんだよ」

「私……?」

「そう。今の俺があるのは、初音のおかげ。だからあんなやつらに好き勝手なことなんて言わせたくないし、言わせない」



あぁ、なんでそんなこと言うの。

そんな嬉しいこと、言うの。

今ほんの少しでも気を緩めたなら、その言葉に泣いてしまいそうだ。