『私の友人にたまたまTC出版で働いてる子がいて聞いたんです。部署は違えど名前を伝えたらすぐ伝わりましたよ、あの不倫して辞めた子ね、って』
私のことを調べるために名刺を要求したのだろう。
それがたまたま、友達があの会社にいたからすぐ話がついたのだと状況を把握する。
それだけ彼女が秘書として、会社のために大迫の身辺を気にしているということなのだろう。
『社長、今あなたと会社は大事な時期なんです。そんな中で不倫して会社を辞めたような人と恋仲だなんて噂になったら問題です』
淡々と事実を述べる彼女の声が、重く心を押しつぶす。
黙ったまま話を聞く大迫の横顔を見ることが、つらい。
『私の知っている社長はいっときの感情で間違いをおかすことのない人だと信じてます』
それだけを言って小野寺さんは電話を切った。
ツー、ツー……とむなしく電子音が響く中、私は大迫の顔を見ることができず俯いた。
小野寺さんが言っていることは、正論だ。
会社のため、大迫の評価のためを思えば間違った意見じゃない。
だから浮かれちゃいけないって、自分でもわかっていたことなのに。
「……清水、今の話だけど」
「そういうことだから」
大迫の言葉を遮るように、私ははっきりと言う。
「全部小野寺さんの言うとおり。黙っててごめんね」
嘘も言い訳もいらない。
事情を話すつもりもないし、自分は悪くないって言うつもりもない。
だって、もう会わないから。
「もう会わないから安心してって小野寺さんに伝えておいて」
「おい、清水……」
「じゃあね」
『またね』の言葉は飲み込んで、私は荷物を手に車を降りる。
大迫も私を追いかけようとしたけれど、私はそれより早く住宅地の細い道を一本入り身を隠した。
……自業自得。私の行いが招いた結果だ。
どんなに彼を愛しく思っても、心が惹かれても、それを叶えようなんて願ってはいけない。
知らずのうちにとはいえ、他人の幸せを壊していた私が幸せになろうなんておこがましい。
『その方、不倫が原因で前の会社を辞めてますよ』
言われて当然の事実なのに。
その言葉が、黙ったままの彼の横顔が、この胸をいつまでも締め付けて涙で視界が滲んでいく。
けれど私は雫がこぼれてしまわないように、唇をぐっと噛んでこらえた。
……泣くな、泣くな。
私に泣く資格なんてない。
ない、のに。
どうしてもこらえることができず、涙を地面にこぼすと同時に私はその場にひとりしゃがみ込んだ。
友達以上には進めなかったあの頃から時間を経て、今の自分たちならもう一歩、進めるかもしれないと思ったのに。
彼の笑顔がまた、切ない思い出になっていく。



